【中山間地域を維持するための処方箋】の効力は?高知県黒潮町の松本敏郎町長に聞く

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2021年11月、Amazonを通じて「中山間地域を維持するための処方箋」を出版した。
一体、この「処方箋」に効力はあるのか?ないのか?
地方行政、地域づくりのプロ、高知県幡多(はた)郡黒潮町の松本敏郎町長(元同町職員、2020年10月から現職)に聞いてみた。

松本敏郎・黒潮町長(左)と筆者(右)

(黒潮町と松本町長についてはこちら

Q,「処方箋」を読んでみた感想

「林業自体、現役職員の時に経験していなかった。これから森林組合や関係者と意見交換をしなければいけないと思っていたところ、この本を読ませてもらっていろいろ勉強になった。それと、坂巻君がどうして高知新聞を辞めて山に入ったのかがよく分かった」

Q,「勉強になった」とは、どんな点?

「林業に二つの思想があることを知らなくてね。そのことを改めて知って、なるほどなと。ヨーロッパと日本の考え方の違いがあるんだなと」

「それから森林環境譲与税について、黒潮町でも明確な使い方や計画がまだ十分できていないところがある。本に書いてある通り境界を決めたり、森林所有者を探したりという作業が中心。松食い虫の被害に遭った『入野松原』再生にも少し使っている。それでいいのかなと考えていた。全国の事例を検索して勉強しているが、そうあんまりどの自治体も特別変わったことをしていない気もする」

Q,本の中では森林環境譲与税を財源とし、低賃金で働く林業従事者に「斜面危険労働手当」として支給することを提案した

「一つのアイデアとして大事なところを指摘していると思う。本では林業の事故で亡くなられた方の数を挙げて、自衛隊よりも厳しい状況と書いていた。実は私の父親も山でけがをして下半身不随になった。私が4才の時に山で木を切っていて倒れてくる木を避けようとして転んで切り株で脊髄を損傷して、それから寝たきり生活になってしまった。自分の人生にも大きく影響した事件だった。それは昭和30年代の話。改めて林業の危なさ、リスクは本を読んで今でも同じなんだなと理解できた」

「黒潮町の林業従事者の数は国勢調査では77人。(上限25万円の斜面危険労働手当を)個人給付で継続的にやることに対してどれだけインセンティブが見込めるか分からない。一旦制度を作ったら永続的に給付しなければいけない。制度的に今つくってしまうと、譲与税がそれしか使えなくなる感じがするのが率直な意見、留意点。むしろ、危険手当は譲与税とは別に労働保険などの制度でできないかと思う」

Q,林業従事者の賃金を上げる必要性はあると考えるか

「山を守らなければいけないということに反対する人はほぼいないと思う。ただ、実際に従事している方の危険性について気づいている人は少ないかもしれない。リスクに対する支援というのがあまり制度的にないのが実態だと思う。国勢調査で林業従事者が増えれば、市町村交付税が増える。国の方も山を守るという点では一定意識はしていると思う。林業従事者への手当をする政策は譲与税とは別に、国の方でインセンティブに見合うくらいに交付税を上げてくれれば、その分は提案のように危険手当という風にやるのもアイデアではないかと思う」

Q,の中では山づくりの二つの「思想」を紹介した。黒潮町でも「Tシャツアート展」や防災対策を行う上で明確な「思想」を立ち上げて取り組んできた。行政が何かに取り組む上で「思想」を固める必要性とは?

「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です」をコンセプトにした黒潮町の「Tシャツアート展」は高知県を代表するイベントの一つになっている。

「行政運営の一つの技術ぐらいに思っている。発想技術というか、テクニック。世の中には困難なこと、どうしようもなく難しい課題はたくさんある。そういう時は具体的な対策から入ると行き詰まってしまう。『お金がない、人がいない』と。ところが考え方や思想から入るといろいろなことができる。対策ではなく、考えから入ると」

Q,多くの自治体では何かをやろうとした時、スローガンを掲げて終わってしまうところが多いと思うが、続けるためには何が必要か

「一つは『言っていることはこういうことですよ』と形を見せること。それと役割分担。砂浜美術館の考え方には、『人と自然の上手な付き合い方を探していって魅力的にしましょう』というのが根本にある。東京には東京ドームはできても、この町にはつくれないでしょうと。ただ、長さ4キロの砂浜はある。逆に東京に長さ4キロの砂浜をつくるのは国家予算でもできないでしょうという話。考え方をつくっていって、そこで理屈だけ言っていても人はついてこない。形にするのがTシャツアート展。やってみれば『ここは美術館』という考え方が形として見える」

Q,「役割分担」とは?

「防災であったら、あのような国の想定(全国最高の津波高34メートル)では町だけで対策はできない。地域にも個人にも考えてもらわないといけない。町、地域、一人一人はそれぞれ何をしないといけないか、ということを投げかけた。責任を持たすということ。砂浜美術館の立ち上げの時も集まればみんながいろんなアイデアを出すけれども、ルールは一つあって、自分が言ったことは自分でしまいをつける。アイデアはたくさん出るけど、形にするのが大事なので、一定役割分担をして形を見せる」

Q,本の中で山づくりの二つの思想「恒続林」と「法正林」を紹介した。ニュアンスは伝わった?

「よく分かった。日本の林業の基本は皆伐(法正林思想)、欧州では恒続林思想。ところがね、あながち日本の全てが皆伐かなとも感じている。日本の森林行政は全て皆伐してその後に植えるという一本槍ではない気がした」

「ただ、日本の林業には山全体の環境、生き物や生態系はあまり意識していないのが事実かなと、そこまで余裕がないのかなと。最近は脱炭素の関係で少し変わってきているけど。ヨーロッパでやっている恒続林思想、将来的にはこちらの方になっていく気がするね。今の時代の動きからすると。それがどのように山で働く人の収入につながるかは見えていない感じがする」

Q,恒続林の方が多様性を重視している印象?

「将来的にはそっちの方がいいと思うけど、恒続林思想で木材を山から出す効率性がどう担保されるかが分からない。物語的に言うとそちらのほうが魅力はあるが、経済性とか効率性がどれくらい確立された技術があるのかなという感じがある」

自分は経済、ビジネスに疎いところがある。林業従事者に手当を付けて、経済性とは違うところで従事者の地位向上を図れないかという思いがあった

「砂浜美術館がずっと言われてきたのは『考え方は立派だけど、それで飯を食えるの?』という話。そこでずいぶん、一般住民、特に議会と軋轢があった」

Q,どうやって突破した?

「できるだけ町からの支援を減らしていくというのもあった。NPO法人になって資金源は西南大規模公園の管理指定を受けた。お金を自分でつくるシステムに変えて、今はスポーツ合宿を誘致して、逆に今は砂浜美術館がなければ観光事業ができないところに持ってきて、砂浜美術館がなければ困るというところに持ってきたらもう大丈夫」

「恒続林思想でしっかり生活ができて、しゃべれて、アピールできる人材がいれば広がるでしょうね。(本の副題にある)『優秀な林業従事者を散りばめよう』というのは全くその通りだと思う」

「時代が動いている感じもある。いわゆるZ世代。IT企業の社訓でよく耳にするのが『パーパス』という言葉。『パーパス』とは自分や会社の存在意義という意味。企業の経営理念の中心になっているみたいだね。『パーパス』がない会社は伸びないというぐらいのものになっているらしい。マインドが動いている時代なので、今まではお金が安いところにはいかないというのが正直なところだったと思うけれど、しっかりした思想でしっかりした生活、自分の存在意義をアピールできる職場であれば変わってくるかもしれない」

本の中で、人間の「成長山(さん)業化」を提案をした

「林業がかっこいいとか、自分の存在意義を示せてパーパスを充足させる場であるという風になれば、人間の『成長山業化』もあり得るかもしれないし、そうなったらいいんだけどね」

「坂巻君もユンボでおっこったらしいね。危ないね、あれ。去年うちの町でも自伐関係の人がユンボで谷に落ちて亡くなった。70才ぐらいのベテラン。危ない仕事だよね。『成長山業化』にまで持って行くには国を挙げての政策から始まって、各自治体の取り組み、さまざまな戦略が重なっていかなければいけないでしょうね。林業大学とかの山に向かうための訓練教育機関がもっと多様にあってもいい気がする」

Q,この処方箋は効きそう?

「まだまだ未完成かもしれないね(笑)。これがどのように熟成するか、楽しみでもある。それと共感したのは、私の政策の中で大事に思っている森林組合と自伐の関係。これが相反していれば駄目だと思っている。黒潮町の山のことを考えれば、山を大事にしてくれたら森林組合でも自伐でもかまわない。その関係が変に背を向ける態勢はあまりよくないと思う。この課題はぜひ両者からいろんな意見を言ってもらって、山全体のありよう、山に優秀な人に入ってもらうための議論を大切にしてほしい感じはする」

自分は「自伐型林業」から林業の世界に興味を持った。ただ、「自伐型」だけを語っていたら全体が見えなくなると思い、たどり着いたのが山づくりの「思想」を変えようということだった

「その方がいいと思うね。だから思想が大事なのかもしれない。森林組合で働いている人は山が好きな人が多いと思う。自伐の人は無論、好きだからやっているんだろうけども。原点に返るけど、思想から入った方がいろんな課題が山積している時に案外解決することが多い。恒続林思想の方が経済的に有利なことが分かれば森林組合もそっちの方に行くと思うし。形をつくって見せていく必要がある」

       

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